精神対話士の資格をもつ社長の日記

三重県南伊勢町宿浦にある酒屋マサヤの精神対話士の資格をもつ社長の日記
<< 南伊勢を知る起点 | main | 捜しもの >>
南伊勢を読もうよ

 

「南伊勢を読もうよ」

 

本棚に南伊勢関連本を並べいよいよオープンです。

自宅の書斎から南伊勢、三重県関係の本約100

冊を持ってきたのですが、図書館ではないので、

店の雰囲気を考え、花を飾るような感覚でセット

しました。

地域の人に懐かしい中学校の卒業アルバムも

数冊揃えました。

自分を探すのが楽しみではないでしょうか。

1冊の本からワクワクと花を咲かせる時ほど

幸せなことはありません。

身近な話題に花を咲かせるしあわせを、ぜひ、

マサヤで味わっていただけたらと思います。

--------------------------------------------------
〒516−0221
三重県度会郡南伊勢町宿浦1114−10
有限会社 マサヤ    田岡 正広
TEL 0599−69−3111
FAX 0599−69−3222
-------------------------------------------------


---
このEメールはアバスト アンチウイルスによりウイルススキャンされています。
https://www.avast.com/antivirus



| - | 09:35 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
スポンサーサイト


| - | 09:35 | - | - | - | - |
オカ安さん、先日はわざわざお届けいただきありがとうございました。みんなに読んでもらいます。内宮から五ヶ所まで昔は歩いてきたのですね。長い道中このようにすばらしい詩を作りながら旅したのですね。田曽浦のことも書いてくれていますが安政2年に中国の船が漂流して、それを助けた話がありますが、それを少し調べようと思っています。またご指導下さい。
| マサヤ社長 | 2018/04/20 10:27 AM |

  ふるさとの峠道    上野 安世
我が町南勢町から、伊勢に通じる剣峠を車で越えた。御木本幸吉が植えたと言う、幸吉桜が満開の三月下旬であった。
 峠までは約八キロである。ゆっくり車を走らせて、峠まで約十分である。明治二十三年 剣峠が開通し荷馬車通れるようになり、五ケ所湾の魚介類が伊勢の河崎まで運ばれるようになりました。その後改修され、昭和十八年には、三重乗合いバスが運行されて、伊勢と五ケ所を結ぶ重要な街道となりました。
 昭和四十年に隣村の磯部町から伊勢に通ずる伊勢道路の開通により、この峠を通る車は激減しました。さらに、昭和六十年に南勢町船越から伊勢の西部へ至る、サニーロードの開通により、剣峠を越える車は全く見られなくなりました。
 剣峠はその後拡幅もされ、普通車ならば対抗出来る道路にはなりました。しかし山路ゆえにカーブが多く、自分が最近通った日には、山の管理の帰りの地元の方の車一台に会っただけでした。鬱蒼と伸びた樹林の道路を上り峠につけば、以前文化協会の役員当時建立した、野口雨情の詩碑と、二メートル大の御影石に剣峠と彫られた立派な石塔が迎えてくれた。おもてを見れば、五ケ所湾がくっきりと、遥か熊野灘が遠望できた。実に素晴らしい眺めである。
 この峠は、毎年一月の第二 日曜日に耐寒訓練として、南勢海洋少年団が越える道でもある。伊勢神宮までは、約二十キロのカーブの多い道路である。
この峠は幾多の有名人が伊勢側から越えて来られた古道でもあります。が 今回はこの峠を越えられた、歌人達を紹介致します。
 昭和二十五年の十月、歌人そして民族学者でもあらせます、折口信夫は柳田国男に随行して神宮の車で越えられた。其の時の道案内を務めたのが、岡野弘彦である。 
「岡野君、これだよ伊勢のご神霊が五十鈴川の川上に鎮まられたのは、熊野から志摩、伊勢につづくこの海を後ろに追っているからだよ。ここのところを、よく写真に撮っておきなさい。」    
岡野弘彦は「折口信夫の晩年から」の中で記している。この時詠まれた歌は探すことは出来ないが、以前迢空が、伊勢から志摩に訪れた時、わが町 田曽浦を詠んだ二首を紹介します。
 たまたまに見えてさみしも かぐろなる田曽の迫門(せと)より 遠きいさり火
 わたつみのゆふべの波のもてあそぶ 島の荒磯(ありそ)を漕ぐが さびしさ
岡野弘彦は 剣峠を再訪しております。其の時詠まれた三首を紹介します。
 いにしへの剣峠を越えむとし雪ふりしきる道にたたずむ
 山の木のこぬれのさやぎしづまりぬ冷えいちじるし夜のくだちに
 霧ふかき睦月の山のいただきに凝りて生まるるものの息ざし
木俣修も剣峠を越えておられる。「宇治山田より山越えにて志摩に向う」とある中に
 羊歯の葉のいく谷かけてなびくさま志摩にくだると息を深めつ
 志摩のくに五ケ所みなとに昼餐(ひるげ)とる盆興行の楽をききつつ
 浦々にのこる伝説もあはれとぞ田曽浦ゆきの船に耳たつ
 剣峠を越えれば、鬱蒼とした神宮林が続く、高麗広に出て伊勢神宮まで十二キロを行けば伊勢神宮の内宮に出る。すぐに沢山の参拝客が往来するのに出会う。伊勢は何時も観光客でよく賑わっております。
 この稿は、南勢町誌に記載されている文面を参考に書きました。

| オカ安 | 2018/04/18 7:08 PM |










http://z-masaya.jugem.jp/trackback/412

当ブログへお越しいただきまして
ありがとうございます。

あなたは
ブログパーツUL5番目の訪問者です
+ (有)マサヤ 社長 田岡正廣BLOG
+ PROFILE
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ ARCHIVES
+ LINKS
+ OTHERS
+ SPONSORED LINKS
+ MOBILE
qrcode
このページの先頭へ