第18回東京オリンピック聖火ランナーの社長日記

三重県南伊勢町宿浦にある地域に特化した食料品店マサヤの第18回東京オリンピック聖火ランナーの社長日記
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尋ね人

 

「尋ね人」

 

先日(926日)賢島大学で、1855年

 

(安政2年)正月元旦五ケ所湾口に、清国

 

の客商船戸彭恒福号が漂流して来て、浦々

 

の漁民が救助して長崎まで曳航するお話を

 

させていただきました。

 

この船に乗っていた乗組員の名前も全員分

 

かつっているので、話したところ「今から

 

164年前の事なら子孫がわかるかもしれ

 

ない。分かったらすごいじゃないか」との

 

質問がありましたが調べる手立てを知らな

 

い。そんな時テレビでFBから生き別れの

 

姉妹を探すことができた番組を見て、もし

 

やと思い乗船していた船員の名前を記すこ

 

とにしました。

 

船長  彭 錦初 (51歳)

船員 顧 漢臣(21歳)陳 錦玉(33歳)

   陸 華堂(44歳)陳 双春(34歳)

   徐 承恩(38歳)顧 富乾(31歳)

   徐 コウ(37歳)彭 倹コウ(27歳)

   杜 揚松(35歳)陸 彭春(22歳)

   顧 桃春(32歳)顧 漢朝(27歳)

   徐 有山(17歳)彭 何子(22歳)

   沈 有才(39歳)王 コウ子(33歳)

戸彭恒福号は1854年11月17日、山東省

 

沖で大嵐に遭い4500劼鯢採して、南伊勢

 

町田曽浦に1855年1月1日に漂着救助され

 

ました。そして長崎へは5月5日に到着してい

 

ます。漁民の人類愛に満ちた出来事だったのです。

 

 

 

 



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